緊張しながら忌野清志郎さんに自分のCDを渡してみたり、トータス松本さんに作ってもらったブルースハープをお守りにしていたり、なんとグリーンデイのライブで猛烈アピールしてステージに上がってギターを弾いてしまったり、自転車で沖縄への旅を敢行、道中いろんな場所でいろんな人たちの前で歌ったり。ヨースケ@HOMEはいつも誰かのそばにいる。ニコニコ笑いながら歌ってる。
「そもそも歌を作り始めたのも、友達を笑わせたり、驚かせたいっていうのがあったんですよね。高校の頃、原付の免許を取りに行ったときの歌をブルースのコード進行で作ったりして(笑)」
放送委員をしていたから「放送委員の歌」も作った。それが人生最初のオリジナル。歌というものの、あるべき形。感じたことを、楽しいことを、そのまま旋律に乗せてしまうという、素朴な手法で彼の音楽生活は始まった。元ミュージシャンの父親の影響もあり、彼は、丘に風が吹くように、海に波が立つように、自然に音楽を受け入れた。
友達もいっぱいいる、人見知りはしないという。水泳のインストラクターをやっていた頃、年配の方にも子供たちにも、どうしたら泳ぎ方を「伝えられるか」をいつも考えていたから、こういう性格が培われたのだろうと彼は自身を分析した。単身ハワイに渡り、語学留学の経験もある彼の交遊関係は非常にグローバルだ。現地のライブに飛び入りしたこともある。
「予定調和は楽しくないなと思っていて。もともとブルースが好きで、ブルースミュージシャンがいろんなところに飛び入りしてセッションするのがかっこいいなと思ったところから始まってるから、音楽の形は違っても、そういう精神が僕の中にあるみたいですね」
音楽も人間も、こっちがオープンになれば相手もオープンになってくれる、魔法の鏡を彼は持っている。
「アコギ1本でどこへでも歌いに行きたいし、クラブで僕のCDをバックにマイク持ってハモニカ吹いて歌ったこともあるし、打ち込みの音楽にも興味がある。どんな形になっても本物は本物。そういう音楽を作っていきたいですね」
この画期的なまでの柔軟さは、まさにニュータイプ。彼の歌は、やさしくて、強くて、満面の笑顔で両手を広げてオーディエンスと向き合おうとしている。そして時に自分自身をあの魔法の鏡に映し出してもみるのだろう。そこにはきっと誰も知らない、笑ってない、時に不機嫌な、だけどいつも正直な顔が映っているに違いない。「あんまり自分のことがわかってない」と25歳の彼は告白する。「あんまり自分のことがわかってない」という歌もいつか聴いてみたいものだ。
未来の扉はいつだって自分で開けていくものだ、と、彼は「あすのたね」の中で歌っている。けれどもう既に、あさっての、しあさっての、そのもっとさきの、多くの人々の心に咲く花の「たね」を、ヨースケ@HOMEはギターのようにポロンポロンと蒔き始めている。
森田恭子(LuckyRaccoon)
http://www.luckyraccoon.com/